トリコデルマーの生産するコレステロールエステラーゼについて

1.コレステロールとは…?

コレステロールの構造式

コレステロールとはこのような複雑なステロール骨格を持った構造をしています。 コレステロールというとあまり良いイメージ持たれていませんが、ヒト体内で次のような役割を担っています。

  • 哺乳動物の生体膜の構成成分として、細胞膜の安定化や膜機能の維持に関与。
  • 重要な体内の物質の原料(前駆体物質)となる。
  • 例)
    • 胆汁酸(脂質の吸収に必要)
    • ステロイドホルモン(副腎皮質ホルモン、性ホルモン)
    • ビタミンD3

したがって、ヒトが健康を維持する為には必要な物質であるのですが、食生活の変化によりコレステロールの摂取量が増えてきました。そうなると「コレステロール量が多いと動脈硬化症のリスクが高まる」と、摂取過多による悪い面が重要視されるようになりました。

2.コレステロールエステラーゼ

脂質やコレステロールの取りすぎが問題となっているため、健康診断で高脂血症の検査として血中のコレステロール濃度が測られています。この測定に使用されているのが「コレステロールエステラーゼ」という酵素です。ヒトの体内では、コレステロールは水酸基に脂肪酸が結合したコレステロールエステルの形で多く存在しています。コレステロール及びコレステロールエステルは体内を血流を使って輸送されますが、血清中の約3/4がこのエステルの形で存在します。したがって、血中のコレステロール濃度を測定する為には、コレステロールエステルをコレステロールに分解する必要があります。ここで使われるのが「コレステロールエステラーゼ」です。

コレステロールエステラーゼの反応式

コレステロールエステラーゼは上の図のようにコレステロールエステルをコレステロールと脂肪酸に分解します。こうして血中のコレステロール濃度が測定されるのですが、現在使用されている臨床検査用コレステロールエステラーゼには、以下の課題があります。

  1. 血清と酵素を長時間反応させなければならない
  2. 高価な精製酵素を多量に使用しなければならない
  3. 酵素の基質特異性のため、複数の酵素を組み合わせる必要がある
    もしくは、付いている脂肪酸をうまく切れない為、不正確な値が出る。

そこで、当研究室では3.を解決するような新しいコレステロールエステラーゼの探索を行いました。その結果、糸状菌の一種であるトリコデルマー属のあるカビが目的に合致する酵素を生産することを見出しました。

3.トリコデルマーの生産するコレステロールエステラーゼについて

トリコデルマー属のカビは土壌中に普遍的に存在するカビです。(詳しくはWikipediaの項目を参照。)
このカビが2種類のコレステロールエステラーゼを生産することを見出しました。その性質を調べた結果、片方の酵素はコレステロールにどのような長さの脂肪酸が結合していても、同じように分解・切断を行える、という非常にユニークな性質を持つことがわかりました。これは先程の目的に合致する酵素です。(2004年度 日本農芸化学会で発表済み)
また、もう一方の酵素は分解についてはさほど新規性はありませんでしたが、ステロールと脂肪酸から高効率でエステルを合成させることがわかりました。これは単にコレステロールと脂肪酸とのエステル結合を触媒するだけでなく、植物ステロールと脂肪酸とのエステル合成も高効率で行うことが確認できました。

4.コレステロールエステラーゼによる植物ステロールエステルの合成

植物ステロールの構造式 植物のステロールは植物の細胞膜を構成する重要な成分ですが、ヒトはそれらを摂取しましても側鎖の形状の違いから体内に吸収することはほとんど出来ません。それだけではなく、コレステロールと植物ステロールを同時に摂取すると、小腸からのコレステロールの吸収を阻害するという効果があります。(詳しくはこちら)
このように優れた機能が植物ステロールにはあるので、コレステロールの吸収を抑える機能性食品素材として期待されています。但し、欠点が一つあり、植物ステロールは水に溶けない、油にも溶けにくい、という性質の為、期待されているが非常に使いづらい素材でもあります。
そこで、先のコレステロールエステラーゼを用い、脂肪酸とのエステル合成を目指しました。エステルの合成が出来ると脂溶性が上昇するため、機能性食品素材として活用し易くなると考えられます。実際に合成を試みたところ、エステルが出来ることがわかりました。(2006年度 日本農芸化学会で発表済み)
現在は、ステロールエステルの大量合成を軸に研究を行っています。